画家を志し、彫刻家へ転身した中原悌二郎
1912(24歳)中村屋において荻原守衛・碌山の三回忌に集まった仲間。明治45年4月22日<悌二郎後列右から3人目> 1914(26歳)保養のため旭川に帰り、第七師団でロシア語教官の米川正夫と知り合う
1923年(大正12)5.27 悌二郎死後2年、画室前の庭で開かれた園遊会。右端に作品「墓守老人」が見える 1917(29歳中村彝のアトリエの前。
左から雨宮美文・中村彝・悌二郎