作品の舞台・「塩狩峠」を訪ねて
『塩狩峠』
 三浦 綾子著 昭和43.9.25発行 発行所/新潮社


 明治42年、旭川・稚内間を結ぶ鉄道宗谷本線の塩狩峠で実際に起きた鉄道事故を題材に生まれた『塩狩峠』。
 日本基督教団の依頼で「信徒の友」に2年半にわたって連載されたこの作品は、新潮社から出版されるとたちまち大きな反響を呼び、現在までに300万冊を突破。
 映画化をはじめ、海外の翻訳本も12カ国に及ぶなど、三浦文学の中でもとりわけ人気の高い作品となっている。
 小説「塩狩峠」の舞台に5月1日オープン 『塩狩峠記念館』 
駅舎の右手にある枕木で作った階段を上ると白樺に囲まれた建物がそれだ 小説「塩狩峠」のモデルとなった長野さん殉職の碑は、駅の50mほど北に


 入館は無料、文具・雑貨店を営んでいた当時の看板をのこした佇まいの外観に、一階は往時の商品類を並べたお店の一角、執筆生活をしのぶ二階の居室と調度品、愛読した書物の棚などが置かれている。資料室からは、緑の木間を通して駅舎と線路が望むことができる。
 
 昭和14年、わたしたちの旭川六条教会月報に、当時の小川牧師はこう書いている。

 「いまを去ること満30年前、明治42年2月28日は、私共の忘れることのできぬ日であります。即ちキリストの忠僕長野政雄兄が、鉄道職員として、信仰を職務実行の上に現し、人命救助のため殉職の死を遂げられ日であります」
 死後30年と言えば、普通近親の者にも忘れ去られる年月ではないだろうか。長野政雄氏の死は、いかに後々までも多くの人に大きな感銘を与えたことであろう。(後略)

三浦綾子著 小説『塩狩峠』のあとがきから
「殉職記念碑」にはこの長野氏の献身的な功績が刻まれている

「文学館に想いをはせて」
三浦綾子さん
「文学館建設の経緯」 「作品の舞台と文学碑を訪ねて」 INDEX

「塩狩峠」上川郡和寒町塩狩 「泥流地帯」空知郡上富良野 「氷点」旭川市神楽見本林

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